淀橋の放物線

風の強い日暮れ時。西新宿は十二社の裏を抜けて淀橋から一つ上流の豊水橋から神田川沿いの遊歩道を行く。別に風にあおられた訳でもなく、目の前を突然、猫が走りぬけた訳でもないのに、ふと、ハンドルがぶれて、遊歩道脇の植え込みに突っ込みそうになったので、軽くブレーキを掛けた。はずみに、前輪がロック。こんなに軽かったっけと思うほど、見事に自転車の後輪は地面から離れ、綺麗な放物線を描く。自分じゃ見えないけれど。
前に放り出される自分。あっと、思う間もなく、去年、整備されたばかりで、まだ成長途上の植込みが顔に迫る。眼鏡が危ない。いや、そんな事、考えてる場合じゃない。土の間にダイビング。
気がついたら、前のめりに突っ伏した私の腰の上に180度逆さまになった自転車のサドルが乗っかっていた。大丈夫ですか。普段、人通りの少ない場所なのに、こんな時に限って、通りすがりの人に声をかけられる。大丈夫、と反射的にこたえる。
額の左、左頬、鼻先の右、右顎に傷。2cm位、切れてた。明日、朝イチで歯医者の予約を入れているのに・・・。
家に帰って、フロントバックに借りたばかりのステイシー・ケントのCDが入っているのを思い出した。恐る恐る中を確認する。大丈夫、割れてなかった。
翌日、明るくなって、事故現場を検証。何も事故を誘発する部分はない。自分が転んだ辺りの植え込みの土がスプラッシュしていたので、気持ち掃除し、証拠隠滅する。
ふと、思う。もしや、物の怪?
ここから一つ下流の淀橋は、かつて、「姿見ずの橋」と呼ばれていた。室町時代、中野長者と呼ばれた鈴木九郎に密殺された者達の怨念が平成の今、蘇ったか。あるいは、江戸時代、景勝地として名を馳せ、明治になると料亭茶屋などが増え、一大花柳界として発展し、昭和の戦前まで行楽地として賑わった十二社。当時、怪しげな客引きにつかまり、結果、身ぐるみ剥がれて簀巻きにして川に放り込まれた者の恨みが積もり重なり、一陣の見えない風と共に、通りすがりの自転車のコントロールを奪った可能性もないとは言えない。
知人にこの話をすると、一年に一回は、そんな事故起こしてるんじゃないかと言われた。そんな事ない。たまたま去年と今年だけだ。